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大阪地方裁判所 昭和53年(ワ)1390号 判決

原告

塩田静枝

右訴訟代理人

大西佑二

松山文彦

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右訴訟代理人

萩原潤三

被告

気賀聡

右訴訟代理人

渡邉敏泰

主文

一  被告気賀聡は、原告に対し金一三四万五六二〇円及びこれに対する昭和五二年五月一二日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告気賀との間においては、原告に生じた費用の二分の一と被告気賀に生じた費用を一〇分し、その一を被告気賀の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告大阪府との間においては、原告に生じた費用の二分の一と被告大阪府に生じた費用は全部原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1(当事者の地位)の事実については、当事者間に争いがない。

二請求原因2(事故の発生)につき判断するに、〈証拠〉を総合すれば、大阪警察病院西角の交番所前で、信号待ちをしていた原告が、信号が青に変つたので横断歩道を渡るため二、三歩歩いたところ、その右側面に、ランニング中の被告気賀が衝突したため右路上に転倒した事実が認められ、その余の事実については当事者に争いがない。(なお、原告と被告大阪府との間では、請求原因2の事実はすべて争いがない。)

三請求原因3(被告気賀の責任)について

〈証拠〉を総合すれば、右ランニングは野球部の練習の準備運動としてなされたもので、スピードを競い合うとか、後順位の者には懲罰的なものが科せられるとかの性質のものではなかつたこと、その速度は一〇〇メートルを四〇秒程度の緩走であつたことが認められ、〈証拠〉によれば、警察病院西側の、本件事故現場である交番所前路上に至る直前三〇メートルの間の道路の勾配は一〇センチメートル、右同直前七〇メートルの間の道路の勾配は四〇センチメートルであることが認められ右認定を覆すに足る証拠はない。右認定のランニングの目的、速度及び道路の勾配の状況からすれば、被告気賀において、本件交番所前の交差点に差しかかり、横断歩道を渡ろうとする原告を発見した際に、原告がいつ横断するかもしれないことを予測して、原告との衝突を避けるために、進行方向を変えるかあるいは速度を緩めるか又は停止する等の適切な行動をとる義務があるというべきであり、右義務を尽くせば本件事故の発生を未然に防止できたにもかかわらず、右義務を怠り、漫然と走行を続けて、本件事故を招来した被告気賀には過失があるといわざるを得ない。

なお、被告気賀の本人尋問の結果中には、同被告が原告を発見した後、衝突を避けようとして進行方向を変えた時、原告が二、三歩前に出てきたために右衝突を避けることができなかつた旨の供述があるが、同じく同被告本人の尋問の結果によれば、同人の1.5ないし2メートル位前方を走つていた野球部員が、原告に衝突しなかつたことが認められること及び前認定のとおり右ランニングの速度があまり速くなかつたこと等に照らし、右供述はにわかに措信し難い。さらに、被告気賀は、野球部員の一員として、同部主将の指揮の下にクラブの一員として走つていたものであるから責任はないと主張するようであるが、たとえ、クラブ活動の一環としてのランニングであつたとしても、前記した被告気賀の年齢、右ランニングの目的、速度、衝突現場付近の状況等に照らし、被告に過失責任が存するのは明白である。

四請求原因4(被告大阪府の責任)について

1 公立学校の校長ないし教員は、クラブ活動に関しても生徒を指揮監督する義務があると解されるが、その義務の内容は、高等学校の生徒が満一六歳ないし一八歳に達しほぼ成人に近い判断能力を持つまでに心身が発達している年齢に属し、自己の行為の結果何らかの法的責任が生じることを認識しうる能力即ち責任能力を備えており、かつ、自己の行為について自主的な判断で責任を以て行動するものと期待しうるから、生徒を指揮監督する教職員としても、右生徒の自主的な判断と行動を尊重しつつ、健全な常識ある一般成人に育成させる為の助言、協力、監護、指導することは当然の義務であるが、逐一生徒の行動と結果について監督する義務まではなく、唯生徒が右のような通常の自主的な判断と行動をしていてもその過程で他人の生命身体に対し危険を生じさせるような事態が客観的に予測される場合に、右事故の発生を未然に防止すべく事前に注意指示を与えれば足ると解すみのが相当である。

2 訴外高校職員が本件ランニングにつき、同校野球部員に対し、通行人に衝突しないよう注意を与えなかつたことは当事者間に争いのないところであるが、既に認定したように、本件ランニングは順位を競い合うものではなく、その速度が一〇〇メートルを四〇秒ないし五〇秒程度の緩走であり、走行コースも概して平坦なものであり、警察病院西側道路の勾配も、事故現場直前三〇メートルで一〇センチ、直前七〇メートルで四〇センチにすぎないのであつて、本件ランニングにより同校野球部員が通行人に衝突する危険性が客観的に高いものとはいえないのであるから、同校職員がランニングにつき、同校野球部員の自主的な判断と責任に委ね、何ら注意を与えなかつたことをもつて、同校職員に指導監督義務違反があつたものということはできない。

また、その他本件全証拠によるも、本件事故発生について被告大阪府の過失を認めるに足りる証拠はない。《以下、省略》

(古川博)

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